記事のサマリー(TL;DR)
- サイボウズは2018年からWAIC会員。2026年よりmehm8128が作業部会2(実装)に加わり活動体制を拡充
- kintone の
aria-sortは PC Talker 非対応のため不採用。代替テキスト付きアイコンで解決 - WG2がASテスト整備・AS情報公開を推進。WCAG3の「Accessibility Support Sets」動向にも注目
日本のウェブアクセシビリティ標準化に企業が参画する意味
JIS X 8341-3(WCAG 2.1 の日本規格)の普及と実装品質を底上げするWAICへの企業参画は、自社製品の改善にとどまらず、日本のウェブ標準全体に波及効果をもたらします。サイボウズの事例が示すのは、製品開発で得た知見(例:PC Talker との相互運用性問題)を標準化活動にフィードバックし、逆に標準側の動向を製品開発に還元するサイクルです。日本固有のスクリーンリーダー「PC Talker」は国内シェアが高いにもかかわらず、W3C の ARIA-AT や APG ではカバーが薄い状態が続いており、国内ベンダーが標準化機関と連携して実装データを提供する意義は大きいと言えます。2025年4月にサイボウズが W3C 会員企業になったことで、ARIA WG・AGWG への直接参加も実現しており、日本語圏ユーザーの実態を国際標準に反映する機会が広がっています。
詳細
WAICとは
WAIC(ウェブアクセシビリティ基盤委員会 / Web Accessibility Infrastructure Committee)は、JIS X 8341-3 が2010年8月に改正されたタイミングで設立された組織です。情報通信アクセス協議会の取り組みの一つであり、JIS 改正原案作成メンバー・関連企業・関連省庁・ウェブ利用者で構成されています。
WCAG(W3C が策定するウェブアクセシビリティガイドライン)→ ISO/IEC 40500 → JIS X 8341-3 という規格の系譜を持ち、WAIC はこの日本規格に関連した活動全般を担います。
現在、以下の5つの作業部会が活動中です。
| 作業部会 | テーマ |
|---|---|
| WG1 | 理解と普及 |
| WG2 | 実装 |
| WG3 | ガイドライン |
| WG4 | 翻訳 |
| WG6 | JIS X 8341-3 改正原案作成委員会 |
サイボウズからは、小林大輔氏がWG1に、mehm8128氏(2026年より)がWG2に参加しています。
サイボウズがWAICに参加する背景
サイボウズのパーパスは「チームワークあふれる社会を創る」です。同社はアクセシビリティを「チームにアクセスできる能力」と定義しており、チームメンバー全員が生産性高く活動できる環境の整備に不可欠な要素と位置づけています。
作業部会1(小林大輔)の活動
WG1 参加の動機
参加のきっかけは、ロービジョン(弱視)の方によるユーザビリティテストです。自身が開発したサービスが当事者にほとんど利用できない現実を目の当たりにしたことで、「アクセシビリティの低いサービスは、本来届けるべき価値や機会をユーザーから奪う行為だ」との認識を持つに至りました。
ウェブアクセシビリティセミナーの運営
WG1 は JIS X 8341-3 の理解と普及を目的とするワーキンググループです。セミナー企画・動画制作・登壇など幅広い活動を担っています。特に毎年開催している CEATEC ウェブアクセシビリティセミナー は、初学者向けにウェブアクセシビリティの概要や民間企業の取り組みを紹介するセッションで、YouTube にアーカイブが公開されています。
- 第1部:ウェブアクセシビリティ最前線(CEATEC2025 オンラインセッション)
- 第2部:インクルーシブデザインによるアクセシビリティ改善(CEATEC2025 オンラインセッション)
WG1 には Web サービス開発企業のほか、Web 制作企業・大学・省庁など多様なステークホルダーが参加しており、日本のウェブアクセシビリティ普及について幅広い視点で議論できる環境が整っています。
作業部会2(mehm8128)の活動
WG2 の概要
WG2(実装ワーキンググループ)は、JIS X 8341-3 の実装に必要な資料の作成・公開と、実装で生じる問題の解決に向けた議論を行います。特に力を入れているのが AS(アクセシビリティ サポーテッド)情報 の整備です。
AS(Accessibility Supported)とは:WCAG で定義された概念で、達成基準を満たすテクニックがユーザーエージェントと支援技術の組み合わせでサポートされている状態を指します。たとえば Chrome + NVDA の組み合わせではサポートされていても、Safari + VoiceOver の組み合わせではサポートされていない場合、後者の組み合わせではアクセシビリティ サポーテッドとは言えません。
kintone における aria-sort 問題の実例
kintone のレコード一覧には、テーブル見出しをクリックして列をソートする機能があります。ソート状態の通知手段として当初 aria-sort 属性の利用を検討しましたが、PC Talker で読み上げられないことが判明し、不採用となりました。
最終的には、現在のソート状態を示す上下矢印アイコンに「昇順」「降順」の代替テキストを付与することで問題を解決しています(ARIAの第一のルールに従えば、アイコンへの代替テキスト付与を最初に検討すべきでしたが、開発中に誤解が生じていた経緯もあります)。
aria-sort を用いる手法は WCAG 達成基準 4.1.2 名前(name)・役割(role)・値(value) に対応するアプローチですが、テクニック集への記載はまだなく、ARIA-AT にもテストケースが存在しない状態です。APG のパターンとしては掲載されています。
このように WAI-ARIA をはじめとするアクセシビリティ関連技術には相互運用性の問題が多く存在するため、AS 情報の整備と相互運用性を高める活動が継続的に必要です。
ASテスト整備
WG2 では WCAG のテクニック(達成方法集)を基にテストケースを作成し、結果を AS 情報として Web サイトに公開しています。リポジトリは waic/as_test で公開されており、誰でも issue や PR を通じて改善・修正提案が可能です。
WG2 内での主な議論事項は以下の2点です。
- どのテクニックを優先してテストケース化するか
- アクセシビリティ サポーテッドを確認するために、どのようなテストケースを作成するか
この過程で WCAG 側ドキュメントの不備が発見されることもあり、AGWG(Accessibility Guidelines WG)へのフィードバックも検討されています。
AS情報の公開作業
ASテストの結果は アクセシビリティ サポーテッド(AS)情報 として公開されています。2026年初頭の数ヶ月で更新作業が進められており、mehm8128氏もレビューと UI 改善に関与しています。今後は WCAG3 の動向を踏まえた情報表示方法の改善が予定されています。
定期的な体験会(ASテスト実施)も開催されており、Web 上で利用できるテストツール(実験的)も新たに作成されました。
WG2 参加の動機
TPAC(W3C の年次総会)への参加を機に、プロダクト単体の改善ではなく標準側からの根本的な改善活動に取り組みたいという意識が生まれたことが参加の直接的な動機です。アクセシビリティはマイナーな領域であることに加え、誤った知識が普及しているケースも多く、特に新規参入者が正しい実装を行うのが難しい現状があります。
W3Cとの連携
サイボウズは2025年4月に W3C の会員企業 となりました。mehm8128氏は ARIA WG・AGWG のメンバーとして参加し、アクセシビリティ系の標準化動向を追っています。
特に注目している動向は以下の2点です。
| 動向 | 概要 |
|---|---|
| Web Platform Tests (WPT) Interop の Accessibility testing | Active Investigations として追跡中。ACDプロジェクトも並行して進行 |
| WCAG3 の Accessibility Support Sets | PC Talker の扱われ方を特に注視。2026年3月版 Web 標準動向でも紹介 |
WAIC への参加と W3C 会員メンバーとしての活動を組み合わせることで、国際標準の知見を日本の実装コミュニティへ還元する体制を構築しています。
まとめ
サイボウズは WG1・WG2 の両部会で活動しており、目指す方向はひとつです。アクセシビリティを「特別な取り組み」ではなく、あらゆるプロダクトにおける「当たり前の品質」として根付かせることです。自社プロダクトだけで完結せず、ユーザーを取り巻く社会全体のデジタル体験向上を視野に入れた活動を継続していく方針です。