記事のサマリー(TL;DR)
- 「個人では使えるがチームに広がらない」という課題に対し、SmartHRが1年間で4段階の施策を実施
- Claude Codeを中心ツールに絞り込み、Skills・Hooks・Harness Engineeringへと学習を深化
- モブ作業(2人1組のペア操作)が指示ノウハウの属人化解消に最も効果的だった
複雑ドメインのSaaSチームが直面した「チームAI導入」の壁
SmartHRが扱う労務領域はドメインが複雑で品質要件も高く、個人の生産性向上だけでは事業上の価値に直結しない。同社の事例は「AIを使える人が速いだけ」という個人最適の段階からチーム最適に移行しようとするすべての開発組織に共通する課題を扱っている。特に日本国内では、勤怠・給与・社会保険といった法規制が絡むHRSaaSの開発では誤生成を引き起こすプロンプトの質管理が重要であり、ツールの乱立や属人化したコンテキスト投入は品質リスクに直結する。同社が「仕組みで担保する」という設計思想を選んだ点は、規制対応SaaSを開発する日本企業に参照価値が高い。
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背景:チームAI導入の3つの課題
SmartHRのプロダクトエンジニア charo 氏は、チーム開発でAIエージェントを活用する上で以下の3課題を出発点に置いた。
| 課題 | 内容 |
|---|---|
| 個人最適はスケールしない | AI習熟者だけが速く、チーム全体の出力は底上げされない |
| コンテキスト投入の属人化 | 同じ作業でも指示者によって結果がブレる |
| ツール乱立による学習・運用コストの増大 | 個々人が別ツール・別ルールで動き、チームの一貫性がなくなる |
施策の全体像(タイムライン)
2025年前半:AI縛り週間
2025年後半:AIのツラミ・知見共有会
2026年現在:Skills勉強会 / モブ作業
施策① AI縛り週間(2025年前半)
背景
CursorやWindsurfが台頭し、Vibe Coding(AIに感覚的に指示しながらコードを書き進めるスタイル)が広まったタイミング。メンバー間のAI習熟度にばらつきが生じていた。
やったこと
- 期間限定で「できるだけAI駆動で開発する」ルールで1週間運用
- 事前準備週 → 本番週の2段構えで慣らしと本番を分けた
- 毎日の気づき・詰まり・工夫をSlack専用スレッドに流す
よかったこと
- 全員が一度は詰まる体験によって議論の土台ができた
- その後の施策(ルール整備・共有会)の必然性が明確になった
- AIで扱える作業のラインをチームで把握できた
失敗したこと
- 使い方の共有はされたが、プロンプトの質によって成果物の品質差が残った
施策② AIのツラミ・知見共有会(2025年後半)
背景
MCP(Model Context Protocol:AIエージェントに外部ツールやデータを接続する標準プロトコル)の普及、Devinのような自律型AIエージェントやCLIのClaude Codeの台頭など、AIエージェントの形が多種多様になった時期。Agent Skills(タスクごとにAIエージェントへ渡す再利用可能な手順書)など標準化の動きも出始めたが、チーム内の個人差は依然大きかった。
やったこと
- ツライと思ったこと・うまくできたことをメンバーがシェア
- Cursor や Claude Codeなどのツールアップデート情報を共有
よかったこと
- アジェンダを「失敗ドリブン」にしたことで成功談より学びが溜まりやすくなった
- スキル格差のあるメンバー同士で前提の擦り合わせができた
失敗したこと
- AIエージェント全体の仕組みに対する理解度のばらつきが大きく、知見の共有だけでは体系的な学習に至らなかった
- Skills・Hooks(AIエージェントのイベントに応じてスクリプトを差し込める仕組み)をチームとしてフル活用できていなかった
施策③ Skills勉強会(2026年現在)
背景
知見共有だけでは体系的に学べないという反省から、Skills・Hooksのようなエージェントの仕組み自体に踏み込む方向へ転換。現在のAIエージェント界隈では Harness Engineering(AIエージェントが安全かつ再現性高く動ける「足場」をコードベースやワークフローに組み込む考え方)がスタンダードになっているが、その前提としてSkillsやHooksの理解が必要と判断した。
やったこと
- Agent Skillsをベースに「Skillsとは何か」の概要をチームで理解
- Claude Code公式プラグインの
/skill-creator(対話形式でSkillファイルを生成するコマンド)を使ったデモを実施
よかったこと
- Skillsをどう作るかのイメージが全員に共有された
- コーディング以外の業務にもAIエージェントを使うアイデアが生まれた
失敗したこと
- Skillsをうまく作るためのノウハウは蓄積されなかった
- HooksやAgentsについては触れられなかった
施策④ モブ作業(2026年現在)
背景
「作り方を学んでもノウハウが溜まらない」という反省から、「作るところを一緒に見る」モブ形式に転換。業務でどんな設定・指示で作業を進めているかは実際に見ないと個人差が埋まらないと判断した。
やったこと
- 2人1組で作業
- 1人が画面共有し、1つのClaude Codeセッションに対して2人で指示して取り組む
よかったこと
- AIエージェントへの指示方法をタスクを通じてリアルに学べた
- レスポンス待ちの時間に議論を深められた
- AI疲れを雑談で軽減できた
失敗したこと
- チームの作業効率が一時的に低下した
- 知見のスケールが2人単位に限られる
まとめ:3課題への現時点の手応え
| 課題 | 現状 |
|---|---|
| 個人最適はスケールしない | モブ作業で大きく改善。指示の勘所をチームで共有できるようになった |
| コンテキスト投入の属人化 | まだ道半ば。Skillsで指示の再利用性を高めて収束させる方針 |
| ツール乱立 | Claude Codeを中心に据える方針で一定の収束が見えてきた |
今後の課題としては、HooksによるレビューやCI連携の自動化、Agentsの業務フローへの組み込み、そして最終的にはリポジトリをHarness Engineeringの発想で再設計することが挙げられている。いずれもまだ手つかずの領域だと著者は記している。