記事のサマリー(TL;DR)
- Google DeepMind出身者が創業したInherentが5,000万ドルのシードラウンド直後にAIエージェント「Faraday」を公開
- Faradayは270億パラメータの小型モデルQwen 3.6で動作しつつ、Claude Opus 4.8・GPT-5.5をフロンティア規模の論文再現タスクで上回る結果を記録
- 強化学習で「研究センス(research taste)」を習得させるアプローチが差別化点であり、採用規模を年内に20〜25名へ拡大予定
日本の研究機関・SaaS事業者が注目すべき「小モデル×強化学習」の動向
生成AI活用の文脈において、Faradayのアーキテクチャが示す最も重要な事実は「フロンティアスケールのモデルを使わずとも、タスク特化の強化学習によって大規模モデルを上回れる」という点です。日本では、クラウド利用料や個人情報保護の観点からGPT-5.5やClaude Opus 4.8クラスのAPIを本番投入しにくいケースが多く、270億パラメータ規模のモデルを自社インフラないし国内クラウド上に展開するアーキテクチャへの関心が高まっています。この事例は、モデルサイズそのものより「報酬設計と強化学習の質」が実用性能を左右するという視点を提供しており、kintoneやSalesforceへの業務AIエージェント適用を検討する際にも参考になる方向性です。また、Inherentがコーディングツールを自社開発せずGPT-5.5 Codexに外注した点は、AIエージェント設計における「作らない判断」の好例として企業内AI推進担当者が参照しやすいモデルケースです。
詳細
ステルスを脱したばかりのロンドン発AIラボ
InherentはGoogle DeepMind出身者が設立したロンドンのAIスタートアップで、これまでDeepMind出身者が創業した企業の中では相対的に注目度が低かった。しかし、5,000万ドル(約75億円)のシードラウンドを経てステルスを脱してから数週間のうちに、チームは開発中の成果を公開し始めた。
Faradayとは何か
新たに公開されたAIエージェント「Faraday」は、公開済みの科学論文の知見を、答えを事前に与えられることなく独自に再現するタスクにおいて、AnthropicのClaude Opus 4.8とOpenAIのGPT-5.5という、より大規模なフロンティアモデルを上回る性能を示した。
共同創業者兼チーフサイエンティストのEdward Hughes氏は「多くの博士課程学生も実際にこうした論文再現から始める」と述べており、論文再現はAI研究者にとっても人間の科学者にとっても標準的なトレーニング演習だと位置づける。
小さなモデルで大きな結果を出す仕組み
注目すべきはFaradayが動作するモデルのサイズだ。Faradayはわずか270億パラメータの比較的小型なモデル「Qwen 3.6」上で動作する。比較対象となったClaude Opus 4.8やGPT-5.5はいずれもフロンティアスケールのシステムであり、パラメータ数・学習コストともに桁違いに大きい。
パラメータ数はモデルの規模、ひいては学習コストの目安として広く使われる指標だ。この差を踏まえると、Faradayの結果は単なるベンチマーク比較以上の意味を持つ。
「研究センス」を強化学習で教える
Inherentが設定した成功の基準は、単純な精度を超えたところにある。論文の結果を再現するだけでなく、Faradayが「research taste(研究センス)」——どの実験を実行する価値があるか、どう設計すれば効果的かという直感——を示すことを求めた。
こうした無形の判断力を教えるアプローチとして採用されているのが**強化学習(Reinforcement Learning)**だ。ルールを明示的に与えるのではなく、良いアウトカムに対して報酬を与える訓練手法である。Hughes氏は「エージェントに科学的なプロセスそのものを学ばせるよりも、この報酬ベースのアプローチの方が、多様な科学分野にわたって貢献できるエージェントという長期目標に対してより汎化しやすいと考えている」と語る。
「作らない判断」が設計の哲学
Inherentは自社のコーディングツールを開発せず、FaradayにはOpenAIのGPT-5.5 Codexを使わせている。これは「人間の科学者が既存のソフトウェアを活用し、すべてをゼロから構築しない」という発想と同じだ、と同社は説明する。
また、ユーザーが聞きたいことだけを答えるエージェントにはしない方針も掲げる。Hughes氏が目指すのは「気になってこんな実験をやってみたんですが、この結果をどう思いますか?」と自発的に報告してくるチームメンバーのようなエージェントだ。
チーム体制とロンドンへの信頼
Inherentは現在12名のチームがロンドンのKing’s Crossにあるオフィスにフル出社で勤務する。King’s CrossはかつてDeepMindの存在が世界有数のAIハブへと変貌させた地区だ。Hughes氏はロンドンのAI人材の集積に強気の見方を示す一方、英国特有の「ガーデンリーブ」制度——退職後数カ月間、競合他社への転職・起業を禁じる慣行——に対して廃止を求める声を上げている。
「これは個人的な意見であり会社の公式見解ではないが、私自身がガーデンリーブの問題に直面した」とHughes氏はTechCrunchに語った。米国の研究者にはこうした制約がなく、米国スタートアップが人材採用で先行しやすい構造になっている点を問題視する。
Hughes氏は最終的にその制約を乗り越え、他の3名のDeepMind出身者らとともにInherentを設立した。年内には採用を現在の12名から20〜25名規模に拡大する計画も進んでいる。DeepMis Hassabis氏の新たな役割への移行でDeepMind社内に動揺が生じている状況を踏まえると、Inherentはそうした人材の受け皿としても存在感を増しそうだ。