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2026.08.30

VZVC創業者ヴィジェイ・パンデが語る「年5件集中投資」とAI創薬の限界

記事のサマリー(TL;DR)

  • a16z でバイオ/ヘルスケア部門を約40億ドル規模に育てたパンデが、2024年6月に小規模ファンド VZVC を共同創業
  • 年間投資件数を30件超から約5件に絞り込み、AI エージェントをフル活用することでアソシエイト採用を不要とした
  • AIによる創薬加速は現実化しているが「データそのものがネット上に存在しない」という生物学固有の壁が普及を制約

バイオ×AI 投資に関心を持つ経営層・情シスが押さえるべき視点

パンデが強調する「生物学的データはインターネットからスクレイピングできない」という指摘は、医療・ライフサイエンス領域に限らず示唆が広い。テキストベースの LLM が大規模な公開データで急成長できたのに対し、創薬・臨床試験領域では各社が独自データセットを「サイロ」として囲い込む構造が続いている。これはオープンソース LLM と同様の動き——オープンな生物学的基盤モデルが企業独自モデルに対抗する——が今後進むことを示唆する。国内でも医療 DX・ゲノム医療領域への投資が増加しているが、データ共有の枠組み(コンソーシアム型アトラスなど)が整わない限り、AI の恩恵が一部プレイヤーに偏在するリスクがある点は、ヘルスケア SaaS を検討する事業者にとって無視できない。また、VZVC がアソシエイトを雇わず AI エージェントで代替している点は、少人数チームが高度なリサーチ業務を AI で補完する好例として、スタートアップ・ベンチャー組織設計の参考になる。

詳細

「年30件はやらない」——a16z 後の小規模・高集中ファンド VZVC

ヴィジェイ・パンデ(Vijay Pande)はもともと、スタンフォード大学の化学教授として学術界で知られた人物だ。分散コンピューティングプロジェクト「Folding@home」——数百万台の家庭用 PC を疾患研究用スーパーコンピュータに変えた取り組み——の設計者として名を馳せた後、約12年前に Marc Andreessen と Ben Horowitz から a16z のヘルスケア・ライフサイエンス部門の立ち上げを任された。同部門は当時まったくの白紙だったが、パンデは10年以上かけて運用規模を約40億ドル(約6,000億円)にまで拡大した。

そのパンデが2024年6月、突然 a16z を離れ、はるかに小さな新ファンド「VZVC」を立ち上げた。VZVC は、長年の投資家仲間ザック・ワーナー(Zach Werner)との共同創業で、ファンド名の “V” はヴィジェイ、”Z” はザックを指す。

最大の特徴は投資件数の圧縮だ。「年30件なんてやらない。おそらく5件程度、非常に集中させている」とパンデは言う。「普通のファンドが投資先を追加するのは、Facebook でフレンド申請するようなもの——素早くできる。ザックと私にとっては、子どもをもう一人迎えるような感覚に近い。それくらい重い決断だ。」

組織もコンパクトに設計した。投資判断を行うのはパンデとワーナーの2人のみ。アソシエイト採用を当初は検討していたが、「自分たちが構築した AI エージェントのおかげで、その必要がなくなった」という。

投資先の開拓競争はしない

「ホットなシリーズ A や B を競い取ろうとしているわけではない」とパンデは言う。競合との差別化は、スピードではなくハンズオンの関与度にある。投資家として名乗りを上げると、ファウンダーが「席を作ってくれる」形になるという。インスピレーション源として挙げるのは、Antonio Gracias(Valor)や Thrive Capital のような集中ポートフォリオ型ファンドだ。

生物学は「エンジニアリングできる科学」へ移行しつつある

パンデはインタビューで、薬物開発の構造変化を三段階で整理した。

①ターゲット探索: これまで薬の発見には「幸運の側面」が強かったが、AI と機械学習により、どのタンパク質を標的にすべきかをコンピュータが推論できるようになった。

②化合物設計: 特定のタンパク質を狙う薬を設計する化学の部分でも、AI が過去10年で大きく前進した。

③臨床試験: 最もコストがかかる工程だ。薬が第1相から第3相まで成功裏に進む確率は20%にとどまる。失敗の主因は「生物学者が間違えた」のではなく、「マウスなどの動物モデルが人体を十分に予測できない」ことにある。「AI モデルは完璧ではないが、いかなる動物モデルよりも優れている。その閾値を超えたとき、本当に面白くなる」とパンデは語る。

精密医療(Precision Medicine)——「あなたにとっての正常値」を特定する

従来の血液検査は集団平均値との比較で診断が行われてきた。しかしパンデが描く精密医療では、個人ごとの正常値を基準にする。「がんでも他の領域でも、医師が最初に処方した薬が正解であるケースは多くない。2剤目、3剤目と試行錯誤するのが実態だ。AI が最初から正しい薬を特定できれば、患者にとっても医療システムにとっても大きな改善になる。」

また、ゲノムだけに依存していた従来の精密医療の限界にも言及する。「ゲノムは家が建てられた初日の設計図のようなもの。でも家は年月とともに変わる。プロテオミクスをはじめとする多様な測定手段が使えるようになり、体の『今の状態』をより正確に把握できるようになっている。」

生物学データは「スクレイピングできない」——AI 創薬最大の構造的課題

LLM がテキストデータを大量にネット上から収集して学習できるのに対し、生物学的データはそれができない。各企業が独自に実験・収集したデータセットを囲い込む構造が続いている。「データを別のモデルに蒸留することもできない。純粋な AI の観点から見て、非常に面白いゲーム構造だ」とパンデは言う。

このデータサイロの問題は、医療における専門科の縦割りとも共鳴する。腫瘍科と内分泌科が同一患者について連携しない現実を例に挙げながら、「AI は原理的にあらゆる専門領域のスペシャリストになれる。人間一人では到底見通せないものが見える。最高の医師チームが同時に議論しているようなものだ」と述べた。

解決の方向性として注目するのが「生物学的アトラス(atlases of biological information)」の構築だ。技術的には基盤モデル(foundation models)として実装されており、「オープンソース LLM が商用モデルに対抗しているのと同様に、オープンソースの生物学基盤モデルが広範な影響を持つようになると思う」と展望を語った。

投資先と「何を正しく、何を間違えたか」

投資対象として現在注力するのは「AI によるヘルスケアデリバリー」と「AI による臨床試験」の2領域。投資先には Genesis Therapeutics(スタンフォードの自身の研究室から生まれた創薬 AI 企業)、Daphne Koller が設立した創薬企業 Insitro などがある。20年来の知人であるファウンダーとのインキュベーション案件も進行中だという。

ファウンダーへの評価基準は「高い誠実さ」「長期視点」、そして「勝つだけでなく、共に勝つことを考えているか」だ。

過去の失敗として認めるのは、GTM(Go-To-Market)戦略の過小評価だ。「技術やプロダクトの側から来るファウンダーに必ず言う。その頭の良さと創造性を、GTM に全力で向けてほしい。GTM は技術と同等か、それ以上に難しい。」

「AI は全ての病気を治す」——過大評価への警戒

「AI が全てを治す」という言説には明確に距離を置く。「懐疑的なのは AI への疑いではなく、データへの疑いだ。LLM は膨大なデータがあるから機能する。データが存在しない場所では、AI は魔法のように問題を解決できない。」生物学固有のデータ不足という壁を直視することが、AI 創薬の現実的な展望を描く出発点だとパンデは強調する。