記事のサマリー(TL;DR)
- Abliteration.ai が GLM-5.3 など複数オープンウェイトモデルのガードレール除去版を API・ブラウザで商業提供開始
- TechCrunch のテストでは Chromeパスワード窃取コードや危険病原体の培養手順をモデルが即座に出力
- AI安全研究者は「ソシオパス化したモデル」と批判、政府による GPU レンタル事業者への KYC 義務化を提言
国内サイバーセキュリティ・AI赤チーム事業者が注目すべきリスクと論点
Abliteration.ai のようなガードレール除去モデルの商業サービスは、日本市場にも直接影響をおよぼします。国内でも金融機関や重要インフラ事業者を顧客にもつセキュリティベンダーが AI エージェントの耐性評価(エージェント赤チーム)に取り組み始めており、同様のサービスの需要が生まれる素地はあります。一方、不正指令電磁的記録に関する日本の法規制や、2025年改正個人情報保護法が定める情報漏えいリスクの観点から、Chromeパスワード窃取コードを生成するようなモデルを業務フローに組み込むことは法的リスクを伴います。Hugging Face が既に数千の abliterated モデルをホストしている現実を踏まえると、ツールへのアクセス自体は今後も阻止できないため、利用目的・利用者の身元確認プロセスをどう設計するかが、サービスを提供する側・調達する側の双方に問われます。
詳細
Abliteration.ai とは何か
「Abliteration(アブリタレーション)」とは、大規模言語モデルが有害なリクエストを拒否する傾向——いわゆるガードレール——をモデルの重みレベルで除去する技術です。オープンソースコミュニティでは数年前から研究者・開発者が実施しており、Hugging Face には数千の abliterated モデルが公開されています。
Abliteration.ai はこの技術を商業サービスに転換したスタートアップです。2025年末に設立され、2026年3月に正式法人化。共同創業者の Devon 氏(現時点で別の企業に在籍中のため苗字は非公開)が主導します。同社は Z.ai が最近リリースした GLM-5.3 を含む複数のオープンウェイトモデルのガードレール除去版をホストし、ウェブブラウザまたは API で提供しています。ベンチャーキャピタルからの資金調達はまだ行っておらず、複数の大手クラウドプロバイダーとの契約を純粋に顧客収益で賄っていると説明しています。
同社が公表している目的は「他のモデルが拒否するオフェンシブサイバー、赤チーム、エージェントテストを可能にすること」です。セキュリティの世界では「再現できない攻撃には防御できない」という論理は広く受け入れられており、エクスプロイトコードの生成を拒否するモデルは赤チームにとって役に立たない、という主張の延長線上にあります。
TechCrunch によるテスト結果
TechCrunch は実際に無料アカウントを作成し、GLM-5.3 の abliterated 版をブラウザからテストしました。その結果、以下の2点をモデルが即座に実行しました。
- Chrome に保存されたパスワードを窃取する Python プログラム の生成
- 自宅での危険な人体病原体の培養手順 の詳細なプロトコル提示
なお、自傷行為に関する指示については同プラットフォームのマイナーなガードレールによってブロックされました。Devon 氏は暴力への対処に向けたガードレールの追加を進めていると説明しています。
批判と安全研究者の見解
AI 安全性の非営利団体 CivAI の研究責任者 Andrew Yoon 氏は、「abliteration はモデルをソシオパス化する」と表現し、次のように警告します。「文字通り何でも入力すれば、それに従う。近い将来、abliterated モデルが実際の被害に使われる事例を目にすることになるだろう」。
Yoon 氏はオピニオン記事の中で、政府が次の2点を義務化するよう提言しています。
- クラウドプロバイダーへの分類器(classifier)実装義務:有害なサイバー・バイオウェポン関連の活動を検出・遮断するため
- GPU 直接レンタル事業者への KYC(本人確認)義務化:危険な悪用が疑われる顧客へのアクセス拒否を含む
一方、Abliteration.ai はクレジットカードのログ取得以外の KYC を現時点では実施していません。Devon 氏は「どこで責任の線を引くかはまだ定義中だ」と述べています。
サイバーセキュリティ業界の分かれた評価
エージェント赤チーム分野の複数企業が TechCrunch の取材に応じ、abliterated モデルの実用性について異なる見解を示しました。
- Devon 氏(Abliteration.ai):悪意ある行為者がすでに自分たちのモデルを abliterate して攻撃に使っている以上、防御側も同じツールを持つべき。abliterated モデルはサイバーセキュリティを加速させる。
- Ahmed Aly 氏(Fabraix CEO):自社はファインチューニングされたオープンモデルへの依存度が高い。abliteration はモデルの知識と能力を一部削ぎ落とすため、「実際にサイバー被害・バイオ被害を起こそうとするなら、そこまで効果的ではない」と指摘。
- Alessio Lomuscio 氏(Safe Intelligence 最高技術責任者):能力低下のリスクは認めつつも、システムのストレステストで有効な挙動を引き出せると評価。
- David Slater 氏(Armadin 創業者兼チーフアーキテクト):現時点では abliterated モデルを自社プロセスに組み込んでいない。従来のオープンウェイトモデルはジェイルブレイクすること自体がさほど難しくなかったためだが、abliteration のリサーチは進めており、「オープンなコミュニティがモデルの能力を理解することは重要」と述べた。Slater 氏はさらに、「これは密室で起きる。公開の場で行われることで、研究者にツールが渡り、実際のフロンティアがどこにあるかを把握できる」と続けた。
オープンウェイトモデル時代の本質的な問い
Abliteration.ai の登場は、より広い問いを提起しています。ダウンロード可能な重みを持つモデルが増え続ける中、「誰でもガードレールを除去できるのであれば、それを容易に入手できる状態にすることはインターネットを安全にするのか、危険にするのか」——この問いに対する答えは、業界と各国政府がともに模索している最中です。
Abliteration.ai が主要クラウドプロバイダーとの契約を複数確保し、英国・欧州の初期段階の赤チームスタートアップを顧客に抱えていることは、ガードレール除去モデルが地下の実験から商業インフラへと移行しつつあることを示しています。どのようなユーザーに、どのような条件でアクセスを許可するかという設計判断は、サービスを提供するスタートアップだけでなく、そのモデルを利用しようとする企業にとっても無視できない論点です。