記事のサマリー(TL;DR)
- IBM が約 385M パラメータの時系列基盤モデル PatchTST-FM-r2 を Apache 2.0 / OpenMDW 1.0 でリリース
- GIFT-Eval ゼロショット・再現可能カテゴリで商用ライセンスモデル首位、全体2位(2026年9月8日時点)
- コンテキスト長最大 8,192 ステップ、99分位予測ヘッド搭載、ファインチューニング不要でゼロショット推論が可能
国内データ活用基盤・需要予測システムへの影響
時系列予測モデルは、EC・製造・エネルギー・物流など日本企業が最もROIを出しやすいAI活用領域の一つです。従来は個々のデータセットごとに独立したモデルを学習・運用する必要があり、MLOpsコストが高止まりしていました。PatchTST-FM-r2 は Apache 2.0 ライセンスで商用利用に制限がなく、かつ学習データの構成が公開されているため、社内ガバナンス審査やベンダー選定時の透明性要件を満たしやすい点が実務上の強みです。GA4 × BigQuery のような分析基盤にすでにトランザクションデータを蓄積している事業者であれば、追加のデータ移動なしに PatchTST-FM-r2 をパイプラインに組み込み、SKU単位の売上予測や在庫最適化に活用できる構成が現実的です。また、Confluent Cloud 経由のストリーミング推論(Apache Flink連携)は、センサーテレメトリや決済トランザクションのリアルタイム異常検知を別MLインフラなしで実現できる点で、製造・金融 SaaS の利用企業にとっても注目に値します。
詳細
概要:ゼロショット時系列予測の基盤モデル
時系列基盤モデル(Time-series foundation model)は、データセットごとに個別モデルを学習・管理する従来の手法を変えつつあります。事前学習済みモデルを使いゼロショットで予測を生成できるため、開発・運用コストを大幅に削減できます。
IBM は Granite Time Series PatchTST-FM-r2 を Granite TSFM ファミリーの最新モデルとして公開しました(GitHub・公式ブログ)。先代の PatchTST-FM-r1 を刷新し、アーキテクチャの更新、より大規模な事前学習コーパス、確率的予測(probabilistic forecasting)、欠損値の補完(imputation)サポート、そして強力なゼロショット性能を約 385M パラメータのモデルに集約しています。
2026年9月8日時点で、本モデルは GIFT-Eval ベンチマークの「再現可能・ゼロショット」カテゴリにおいて、商用フレンドリーなオープンソースライセンス(Apache 2.0 および OpenMDW 1.0)を持つモデルの中でトップパフォーマンスを達成しており、全体では2位にランクされています。モデルの重み、アーキテクチャ、推論パイプライン、ベンチマーク再現コードはすべて公開されています。
GIFT-Eval でのゼロショット性能
基盤モデルの価値は、学習していない時系列への汎化性能にあります。GIFT-Eval は多様なデータセット・予測シナリオをカバーする包括的な時系列予測ベンチマークです。
ゼロショット・再現可能・テストリーク無しの条件でフィルタリングした場合、PatchTST-FM-r2 は CRPS・MASE の両指標で全体2位(いずれも低いほど良い)を記録しています。
- CRPS(幾何平均):0.467 ── TimesFM-3 に次ぐ2位、商用ライセンスモデルの中では1位
- MASE(幾何平均):0.6846 ── 同様に商用ライセンスモデルの中では1位
事前学習データを使用可能なモデルとの比較でも上位
GIFT-Eval には、評価データセットの学習分割を事前学習コーパスに含めることが許可されている「pretrained」カテゴリのモデルも存在します。これらのモデルを加えた全体比較でも、PatchTST-FM-r2 は CRPS で3位、MASE で4位を維持しており、Chronos-2・Timer-S1・Toto の各バリアントを、規模が大きい競合モデルを相手にしながら上回っています。
アーキテクチャ:PatchTST-FM-r1 からの変更点
PatchTST-FM-r2 はパッチベースの表現という PatchTST ファミリーの強みを継承しつつ、内部アーキテクチャを刷新しています。
コンフォーマーブロックの採用
最大の変更点は、標準トランスフォーマー層からコンフォーマー(conformer)層への置き換えです。コンフォーマーは音声処理分野で生まれた手法で、マルチヘッド自己注意(multi-head self-attention)に**時間方向の畳み込み(temporal convolution)**を組み合わせます。
- r1 のブロック:マルチヘッド自己注意 + フィードフォワードネットワーク
- r2 のブロック:2つのハーフステップフィードフォワード層でマルチヘッド自己注意と時間畳み込み層を囲む構造
これにより、自己注意が長距離のパッチ間関係を捉え、畳み込みが局所的な短期時間構造を学習するという2つの補完的メカニズムが実現します。バックボーンの畳み込みカーネルサイズは {5, 5, 3, 3} のパターンで交互に設定されています。
ETTh1 データセットの実サンプルを用いた注意パターンの比較では、トランスフォーマー版が対角付近(局所関係)に注意を集中させるのに対し、コンフォーマー版は遠距離(非対角)への注意が明確に確認されており、畳み込みが短距離を担うことで注意が長距離に集中できていることが視覚的に示されています。
その他の主な変更
- 50% オーバーラップパッチ + ハミング窓重み付け + オーバーラップ&アド予測 によるパッチ境界の平滑化
- ブロック数を 20 → 30 ブロックに拡張、安定性向上のための正規化を追加
- コンテキスト長:最大 8,192 ステップ
- 99 分位予測ヘッドによる確率的予測(点予測+分位数出力の両方をサポート)
学習データの透明性
PatchTST-FM-r2 の事前学習コーパスは4つのソースで構成されており、すべて文書化されています。
- GiftEvalPretrain から選定されたデータセット
- KernelSynth をベースにした合成データ(改良した周期カーネル+限定的な拡張)
- TSMixup コーパス(Chronos のアプローチを用いて生成、GIFT-Eval 評価セット外のデータセットのみ使用)
- 約 50万件の合成 CauKer シーケンス(各長さ 4,096)
学習データの不透明さはエンタープライズ採用における主要な障壁の一つです。PatchTST-FM-r2 はコーパス構成を開示することで、組織のモデルガバナンス・ライセンス審査を支援します。組織自身によるレビューを代替するものではありませんが、審査に必要な情報を十分に提供しています。
ライセンス:Apache 2.0 と OpenMDW 1.0 のデュアルライセンス
Granite Time Series PatchTST-FM-r2 は Apache 2.0 と OpenMDW 1.0 のデュアルライセンスで提供されます。ユーザーはいずれかを選択でき、両ライセンスともモデルの使用・改変・再配布に広範な権利を付与します。OpenMDW は Linux Foundation が設計した AI モデル専用のライセンスフレームワークです。
アーキテクチャ実装は Granite-TSFM リポジトリから利用でき、PatchTST-FM-r1 チェックポイントとの後方互換性も維持されています。
Python での使い方
pip install "granite-tsfm>=0.3.9"
import pandas as pd
from tsfm_public import PatchTSTFMForPrediction, TimeSeriesForecastingPipeline
# モデルの重みをロード
model = PatchTSTFMForPrediction.from_pretrained(
"ibm-granite/granite-timeseries-patchtst-fm-r2"
)
# サンプルデータの読み込み(ETTh1)
df = pd.read_csv(
"https://raw.githubusercontent.com/zhouhaoyi/ETDataset/main/ETT-small/ETTh1.csv",
parse_dates=["date"],
)
# 予測パイプラインの設定
pipe = TimeSeriesForecastingPipeline(
model=model,
id_columns=[],
timestamp_column="date",
target_columns=["HUFL"],
max_context_length=model.config.context_length,
context_length=512,
prediction_length=64,
impute_method=None,
quantile_levels=[0.1, 0.5, 0.9],
explode_forecasts=True,
freq="1h",
)
# 直近512サンプルから予測を生成
forecast = pipe(df.iloc[-512:])
ファインチューニングもタスク固有のモデル適合も不要です。パイプラインは直近の履歴データを受け取り、指定した分位数を含む将来予測を出力します。需要・センサーテレメトリ・CPU使用率・エネルギー消費・決済量・トラフィック・価格など、定期サンプリングされた任意の時系列に適用できます。
ノートブックからストリーミングへ
今回のリリースは、IBM Granite Time Series モデル群のポートフォリオ拡充の一環です。データが静的な DataFrame ではなく継続的に到着するアプリケーション向けに、IBM と Confluent は複数の Granite Time Series モデルを Confluent Cloud のアーリーアクセスプログラムで提供しています。
初期ポートフォリオには以下のモデルが含まれます:
- PatchTST-FM-r1
- FlowState-r1.1
- TTM-r3
- TSPulse
この統合により、Apache Flink on Confluent Cloud を通じて基盤モデルの推論がストリーミングアプリケーションに直接組み込まれます。データを別の ML 環境に移動させることなく、ライブストリームからリアルタイムで予測・異常検知の結果を生成できます。