記事のサマリー(TL;DR)
- Anthropic が科学者向けAIワークベンチ「Claude Science」をベータ公開。Pro/Max/Team/Enterprise プランで利用可能
- ゲノミクス・プロテオミクス・ケモインフォマティクスなど60以上のスキルと科学データベースを統合し、HPC・GPU 上でのジョブ実行を自動管理
- Allen Institute の神経科学者は従来2年かかっていた文献レビューをほぼ自動化。UCSF の研究者は解析時間を従来の約1/10に短縮
国内の生命科学・創薬 IT 部門・アカデミア研究者が注目すべき点
Claude Science は SaaS として利用するのではなく、研究者のローカル環境(macOS / Linux)またはオンプレ HPC にインストールして使うアーキテクチャを採用しています。機密性の高い患者データや未公開の実験データを外部クラウドに送出せずに済む設計は、個人情報保護法やアカデミア機関のデータガバナンス要件を重視する日本の研究環境とも整合します。UniProt・PDB・ClinVar・ChEMBL など海外の主要データベースへのコネクタが初日から利用可能である一方、国内独自のデータベースや既存パイプラインについてはコネクタを自作・登録する形になるため、導入初期のセットアップコストは考慮が必要です。また、学術機関・非営利研究機関向けの割引 Team プランが提供されており、さらに2026年7月15日まで最大3万ドルのクレジットを付与するグラントプログラム(Modal からの計算クレジット2,000ドルを含む)への応募も受け付けています。
Claude Science とは何か
2024年秋に生命科学分野への取り組みを開始した Anthropic が、その最大の拡張として発表したのが「Claude Science」です。研究者が日常的に使う PubMed・Jupyter・R・クラスター端末といった分断されたツールを単一の研究環境に統合する AI ワークベンチです。
Claude Science の主な特徴は以下のとおりです。
- 60以上のスキルとコネクタ:ゲノミクス・シングルセル解析・プロテオミクス・構造生物学・ケモインフォマティクス向けに事前設定済み
- 再現可能なアーティファクト:生成されたフィギュアには、それを生成したコード・実行環境・メッセージ履歴が紐付き、数か月後でも再現・検証が容易
- マルチエージェント構成:汎用コーディネーターエージェントが専門エージェントを呼び出し、レビューエージェントが引用・計算・図の整合性を自動チェックして自己修正
- 柔軟なコンピューティング管理:ラボの HPC(SSH 経由)や Modal アカウントを使ったオンデマンド GPU(1基から数百基にスケール)に対応
Claude Science の仕組み
リッチな科学アーティファクトと完全な再現性
Claude Science は 3D タンパク質構造・ゲノムブラウザトラック・化学構造式などをネイティブにレンダリングします。フィギュアを生成する際は、使用したコード・環境・生成プロセスの平文説明・完全なメッセージ履歴を一緒に保存します。「グリッドラインを消す」「Y 軸を対数スケールに変える」といった自然言語での編集指示にも対応し、エージェントが自らコードを書き直します。
コンピューティングの自動管理とオンデマンドスケール
大規模解析(タンパク質フォールディング、大規模ゲノムパイプラインなど)では、これまで研究者がジョブのセットアップ・投入・完了確認・結果回収に多くの時間を費やしていました。Claude Science はこのプロセスを代行し、新たなリソースを使う前に必ず確認を求め、ユーザーが任意のタイミングで決定を差し戻せます。
エージェントはセッション内でコンテキストをメモリに保持するため、巨大なデータセットでも一度のロードで済みます。解析はラボ固有のインフラ上で実行されるため、大規模・機密データが既存システムの外に出ることはなく、各ステップに必要なコンテキストのみが Claude に送信されます。
セッションは任意の時点でフォークでき、2つのアプローチを元のスレッドを維持したまま比較できます。
初日から使えるドメイン知識
生物学に関連するデータは UniProt・PDB・Ensembl・Reactome・ClinVar・ChEMBL・GEO など数百の専門リソースに分散しています。Claude Science では、自然言語で質問するだけで専門エージェントがこれらを横断的にクエリ・統合します。
NVIDIA の BioNeMo Agent Toolkit との連携により、Evo 2・Boltz-2・OpenFold3 などの生命科学モデルにもネイティブ接続します。研究者が独自に保有するモデル・データセット・パイプラインを登録してスキル化することも可能で、以降のセッションで自動的に引き継がれます。
実際の活用事例
Manifold Bio:標的候補のスクリーニング
組織標的型医薬品を開発する Manifold Bio は、数百の標的に対して何百万もの候補バインダーが生体内でどう分布するかを評価しています。Claude Science を使い、各組織・標的について表面発現・輸送・安全性を評価し、社内の独自データで学習した基準に照らして候補をランク付けしました。汎用コーディングアシスタントとの違いとして Manifold が挙げたのは「データ収集から判断まで、過去のプログラムのコンテキストを踏まえてエンドツーエンドで完結できる点」です。
Allen Institute:文献レビューの自動化
神経科学者の Jérôme Lecoq 氏(Allen Institute)は、約20の専用スキルから成るマルチエージェント「計算レビューテンプレート」を構築しました。サブエージェントが数千本の論文を読み込み、中心的な主張と定量的な知見を抽出してエビデンスデータベースに格納。その後パイプラインが論文のナラティブを構成し、各セクションを専門サブエージェントに委譲します。各セクション内では別のエージェントがエビデンスデータベースから定量的なクロススタディ図を直接生成します。アクター・クリティックペア(生成エージェントと評価エージェントの組み合わせ)が論文の精度と引用の正確性を担保します。
以前は同様のレビュー作成に最長2年を要していましたが、現在は100ページを超えるレビューを約10本完成させており、引用はすべてレビューエージェントによって確認済みです。
UCSF Brain Tumor Center:神経膠腫の分子疫学研究
UCSF Brain Tumor Center の Stephen Francis 准教授(疫学)は、神経膠腫(脳のグリア細胞から発生する腫瘍)の分子疫学研究に Claude Science を活用しています。数千の小効果生殖系列バリアントが個人の罹患感受性をどのように形成するかを遺伝子レベルで調査するプロジェクトで、複数のアプローチにわたる包括的な生殖系列解析を従来の約1/10の時間で完了できるようになったと報告しています。チームは Claude Science の結果を独立して検証し、迅速かつ堅牢な解析が可能であることを確認しています。
利用開始方法とグラントプログラム
Claude Science ベータ版は macOS および Linux 向けに提供されており、Pro・Max・Team・Enterprise プランのユーザーが利用できます。Team・Enterprise ユーザーは管理者による有効化が必要です。
- 学術機関・非営利研究機関向け割引 Team プラン:詳細は公式サイトを参照
- AI for Science グラントプログラム:最大50プロジェクトに対し最大3万ドルのクレジットを付与。Modal からの計算クレジット2,000ドルも含む。生物学・生物医学研究を中心に分野横断的なプロジェクトを募集。申請期限は2026年7月15日、採択通知は2026年7月31日、プロジェクト実施期間は2026年9月1日〜12月1日
コミュニティへの参加は AI for Science Discourse コミュニティ、利用開始は claude.com/science から。