記事のサマリー(TL;DR)
- SmartHRが関西Ruby会議09にSilver Sponsorとして協賛し、13名が参加・2名が登壇・1名が運営を担当
- noriさんがRuby 4.0実験的機能「Ruby::Box」とgem「torikago」を用いたモジュラモノリスの実行時境界を発表
- 関西Ruby会議10は兵庫県神戸市・三ノ宮での開催が確定
大規模Rails開発を進める国内SaaS企業がモジュラモノリス課題に向き合う背景
SmartHRのnoriさんが発表した「Ruby::Box × torikago」の内容は、大規模Railsコードベースを抱える国内SaaS事業者に直接刺さるテーマです。Packwerkなどでモジュール間の構造上の境界を引いても、同一Ruby VM上では定数参照やmonkey patchが境界を越えてしまう——この実行時のズレは、コードベースが数百万行規模に達したプロダクトで頻出する問題です。Ruby 4.0のRuby::Boxはまだ実験段階であり、起動時間やスループットへの影響も率直に報告されていますが、「マイクロサービスに分割せずにスケールできる設計」を模索するチームにとって、注目に値するアプローチです。kintoneやSalesforceのような外部SaaSとRailsで業務UIを補完する構成でも、モジュール境界の設計は保守性に直結するため、この方向の技術動向は継続してウォッチする価値があります。
詳細
開催概要
関西Ruby会議09は2026年7月18日(金)、滋賀県大津市の大津市伝統芸能会館で開催されました。SmartHRはSilver Sponsorとして協賛し、社員13名が参加。2名がセッション登壇し、1名がチーフオーガナイザーとして運営を牽引しました。
前夜祭
前夜祭は2箇所で開催され、参加者が好きな会場を選ぶ形式でした。udzuraさんは下田屋で開催されたイベントに参加。滋賀は日本酒の産地として知られており、琵琶湖を囲むように酒蔵が点在しているとのこと。地元のRubyistや久しぶりに再会した方々と交流を深め、翌日の本編への良い助走となりました。
運営:チーフオーガナイザーとしてydahさんが牽引
SmartHRのydahさんが、前回の関西Ruby会議08に続いてチーフオーガナイザーを担当。タイムテーブルの構成から前後イベントの企画まで、カンファレンス全体の設計を担いました。ydahさんがタイムテーブルの構成意図を語るインタビュー記事もSmartHR Tech Blogで公開されています。
SmartHRからの登壇セッション
torikago — Ruby::Boxで照らすモジュラモノリスの実行境界 / @nori
noriさんは、Railsモジュラモノリスにおける構造上の境界と実行時の境界のズレを主題にした発表を行いました。
PackwerkやRails::Engineを用いれば、モジュール間の構造的な境界は実現できます。しかし実行時には同一のRuby VMを共有しているため、定数参照やmonkey patchの影響がモジュールをまたいで伝播しうるという問題が残ります。
noriさんはこの課題に対し、「マイクロサービスへの分割なしに、モジュラモノリスのまま実行時境界を作れないか」という問いを設定。Ruby 4.0の実験的機能であるRuby::Boxと、Railsモジュラモノリス向けに開発したgem torikago を紹介しました。
Ruby::Box有効時の起動時間・スループットへの影響など、実用に向けた現状の課題も率直に開示されており、SmartHRの大規模Rails開発という文脈に根ざした誠実な発表でした。
チャリンコ・オブザーバビリティ / @kinoppyd
kinoppydさんは、Webアプリケーション開発で馴染みのあるオブザーバビリティの概念をロードバイクに応用するという切り口の発表を行いました。
速度・ケイデンス・心拍数・ギア位置・ブレーキ量など、自転車には豊富なメトリクスが存在します。各パーツが持つ情報を整理したうえで、既存のBLEプロファイルだけでは記録したいメトリクスをカバーしきれないことが判明。そこでPicoRubyとRaspberry Pi Pico 2 Wを組み合わせた自作センサを開発しました。
前日に琵琶湖沿いを実走してリアルデータを持ち込む構想もあったそうですが、当日の気温が35度を超えたため断念したとのことです(笑)。
印象に残ったセッション
令和のnet/http / @nurse(オープニングキーノート)
Rubyコミッターでリリースマネージャーの**成瀬ゆい(@nurse)**さんによるキーノート。HTTPの歴史を起点に、HTTP/2の多重化やIPv6の普及など現代の通信環境の変化を整理し、HTTPクライアント実装が直面する課題を解説しました。
特にHappy Eyeballs Version 3——IPv4・IPv6の両方を持つホストへの接続戦略——という、Net::HTTPを使うだけでは意識しないネットワーク層の話が印象的だったとのことです。
「照らす技術」をRubyで照らす / @harukasan
harukasanさんは、舞台照明制御プロトコルDMX512をPicoRubyから操作する内容を発表しました。Webアプリ開発では触れる機会の少ない低レイヤ技術を丁寧に解説。ハイライトは、能舞台に持ち込んだムービングライトをRubyからリアルタイム制御するデモで、桃井はるこさんの楽曲「ルミカ」に合わせて照明が変化する演出が会場全体を盛り上げました。カンファレンスのテーマである「照」を体現したセッションとして高く評価されていました。
Can you see? I’m GC / @yhara
yharaさんは、Ruby 3.4から実験的に導入されたModular GCを使ってカスタムGCを実装した話を発表しました。GCがオブジェクトをどう辿り、メモリを回収するかを可視化する構成で、普段ブラックボックスになりがちなガベージコレクションの内部動作を丁寧に解説。大津でプログラミングを学んだyharaさんが同じ地で登壇するという、土地にまつわる感慨もあったそうです。
Ruby を余すところなく愛する人のための「オートマトンと形式言語理論」入門 / @hsjoihs(クロージングキーノート)
hsjoihsさんによるクロージングキーノートは、オートマトンと形式言語理論をRubyへの愛を軸に展開する高密度な内容でした。「皆さんもregexエンジンを自作しましょう」「皆さんパーサーしてますか?」といった印象的なフレーズが飛び出し、会場を笑いと思考に誘いました。
「RubyのこういうところはRubyらしいから」と思考停止していた部分に対し、「なぜRubyはこの設計を採用しているのか」という問いを改めて持てるようになった——というレポーターの内省は、このキーノートが持つ射程の広さを物語っています。
Official Party
本編終了後はOfficial Partyが開催されました。チーフオーガナイザーのydahさんの挨拶に続き、厳選された滋賀のクラフトビールと料理が提供されました。参加者全員に可愛いデザインの記念カップも配られ、普段以上に会話が弾んだとのことです。
来年は三ノ宮で開催
関西Ruby会議09は、SmartHRのレポーターをして「非常に濃厚な(これが『こてこて』?)地域Ruby会議」と言わしめるほど充実した内容でした。関西Ruby会議10は兵庫県神戸市・三ノ宮での開催が発表されており、継続参加を楽しみにしているとのことです。